札幌そば研究センター

2016年4月5日火曜日

そばとわたし(9) でんぷんとたんぱく (そば打ち語録)

でんぷんとたんぱく 

 今日は、久々のそば打ちで札幌新川そばの会に伺いました。2週間ほど空いたので、久しぶりという感じです。札幌新川そばの会では、1月を除く月の第2から第4土曜日に開催されます。よって、前月の最終回から翌月の初回の間は2週間空きます。
 今日も、札幌新川そばの会のそば粉を篩にかけ、いざ水回しと言うときでした。


 会長曰く、
 「二八はグルテン、生粉打ちは別のタンパクなんだよね。」

 私曰く、
 「は??」


 会長曰く、
 「そばという植物のでんぷんとたんぱくの組成を知らないと、
  良い蕎麦は打てないよ。」

 私曰く、
 「でんぷんとたんぱくですか?」
 「たしか、そばはグルテンをふくまないですよね?」



そばとうどんの違いはと言われると、そばという植物と小麦という植物からつくられるということで、そもそも素材が違うということになる。この二つの植物の違いは何かというと、ソバと小麦に含まれる組成が異なるという、当たり前の結論になる。では、その組成のどこに違いがある故に、蕎麦麺と饂飩麺に違いが生じるのかということには、異なるという認識はあるものの、その具体的な違いには思い及ばなかったというのがこれまでの私であった。この件が、蕎麦と饂飩、ソバという植物と小麦という植物の違いについて考えるきっかけであった。
 

  ソバと小麦の玄穀同士をビタミン量で比較すると、玄そばと小麦の玄穀では、大きな違いはありません。小麦の玄穀には穀物としては比較的多くのビタミンが含まれます。しかし、その大部分は皮や胚芽の部分に偏在しており、胚乳部の中心に向かうほど少なくなります。小麦胚芽は栄養価が高く、これを基にしてビタミンEを製造されるほどですが、それらの栄養素は胚乳の粉である小麦粉には含まれません。

胚乳の中心部にはでんぷんが多く含まれ、粒の周辺部に近づくにつれて他の栄養成分が多くなるのは小麦ばかりでなく、ソバや米など穀類全般に共通した性質です。しかし、小麦とソバでは、使用する部分が大きく異なります。小麦とソバは製粉され、お互いに最も良いとされる紛体を取り出して使用されます。この過程で含まれるビタミン等の含有が異なってきます。これは、ビタミンだけでなく部位に局在する物質において同様なことが起こります。

では最初に、小麦について考えてみます。小麦粉にはいくつかの種類があり、それぞれ栄養成分の組成も違います。
小麦粉は、次の二つの組み合わせで区分され、「強力一等粉」、「薄力三等粉」という呼び方になります。
A)種類別分類:強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉、デュラム・セモリナ
B)等級別分類:特等粉、一等粉、二等粉、三等粉、末粉
 強力粉・薄力粉などの種類別分類は、含まれているたんぱく質の量によって決まります。
  たんぱく量が、強力粉が12.514%、準強力粉が1012.5%、中力粉が810%、薄力粉が68%です。

 一方、等級別分類は、カリウムやリン、カルシウムなどの灰分(ミネラル)の含有量によって決まります。これらミネラルは、小麦粒の皮および粒の周辺部に集中し、胚乳部の中心にいくほど少なくなります。灰分が多いということは、胚乳の周辺部まで挽き込んだことになりますから、でんぷんの純度の高い中心部を粉にした製品に比べてグレードが劣る、という意味になります。沢山ミネラルを含むことは小麦粉にとってはグレードが下がるということです。このため、小麦粉の製粉の狙いは、胚乳部だけをいかに純粋に粉にするかにかかってきます。

小麦粉の性質は、原料小麦の品種や産地、作柄などによっても左右されます。よって、たんぱく質と灰分の量の違いだけでは最終的な判断ができませんので注意が必要です。
小麦粉を使用して饂飩を作る際にどのような小麦粉が良いのでしょうか。作ろうとするうどんによっても条件が変わってくるため一概にはいえませんが、一般に、うどん作りに通した小麦粉は、たんぱく質含有量が810%の範囲内で、グルテンの性質があまり硬すぎず、適度な柔らかさと切れにくい伸展性を持つもの、とされています。先の分類によれば、中力粉の一~二等粉が向いているということでしょうか。

そば粉の製粉のポイントは、でんぷんを中心成分とする胚乳部に、胚芽や甘皮部分、場合によっては殻の一部分までを、どれくらいの割合で配合するかということです。その配合比率によってそば粉の風味や色が決まり、挽きぐるみ、一番粉、二番粉、三番粉と分類されます。
 そば粉のたんぱく質含有量は、一番粉(内層粉)が6%、二番粉(中層粉)が10.2%、三番粉(外層粉)は15%です。この数字は、小麦粉の種類別分類(強力粉・準強力粉、中力粉、薄力粉)とほぼ対応していますが、たんぱく質の栄養価には大きな違いがあります。

たんぱく質の栄養価は、必須アミノ酸の種類と量が、人体の要求するアミノ酸組成に近いかどうかで評価されます。人間の体は、このアミノ酸バランスがとれていないと、食品中のたんぱく質を効率よく吸収・活用することができません。
 そば粉のたんぱく質のアミノ酸組成の最大の特徴は、穀類のたんぱく質では不足しがちな必須アミノ酸であるリジンの含有量が多いことです。「日本食品アミノ酸組成表(日本食品標準成分表2015年版(七訂) アミノ酸成分表編)」によれば、そば粉(挽きぐるみ)のリジン含量は100g当たり700mgです。それに対して、小麦粉(中力一等粉)は220mg、強力一等粉でも270mgしかありません。
 一般に、たんぱく質の栄養価は、アミノ酸スコアで表わされますが、小麦粉の中でも最も高い薄力一等粉で44(中力一等粉は41)、白米が65に対して、そば粉は二番粉が90、挽きぐるみでは92にもなります。そば粉のたんぱく質は、大豆の86をも上回る優れたアミノ酸バランスを持っています。しかも、リジンの含有量は、そば粉の品質にほとんど影響されません。
 
話しを小麦とソバの製粉の違いに戻します。そば粉と小麦粉の製粉目的の違いを栄養面から見れば、そば粉の製粉は小麦粉の場合に比べて、栄養素の豊富な部分(胚芽や種皮部分)を製粉工程で失うことが少ないということになります。もちろん、ソバと小麦は別種の穀物であり、製粉する前の玄穀の段階での成分組成に違いがありますが、これに加えて製粉目的の違いがさらに、両者の栄養成分の違いを増幅しています。
 
  そば粉と小麦粉では、たんぱく質の栄養価だけでなく、たんぱく質の性質も違います。小麦粉は水を加えてこねると、粘りと弾力性のある塊にまとまります。この生地を多量の水にさらしてでんぷん粒やその他の水に溶ける成分を洗い流すと、餅のように粘弾性の強い塊状のものが残ります。これがグルテンで、これを食用に加工したものが生麩です。
生麩がグルテンの塊だったのですね。

現在は、グルテンフリーという食文化も出てきています。特にアメリカではこの食文化が進んでいるようです。グルテンフリー文化の発祥は、小麦等に含まれるグルテンのアレルギー反応が話題になったことです。その後、ダイエットとの関連まで話題が広がっています。ソバアレルギーの方も居られるので、グルテンもソバもアレルギーを引き起こす抗原になるということで、この点では両者は同様に注意をする必要があります。グルテンフリーとダイエットに関する科学的根拠が何処まで正しいのかについては、皆さまにお任せしますので、ここでは踏み込みません。ただ、生麩はグルテンフリーの方には大敵ですね。

一方、そば粉には小麦粉のようなグルテンはありません。そば粉の水溶性たんぱく質は水に溶けると粘りを生じるので、その力だけでそば粉をつなぐことができます。ただし、グルテンの綱目構造のような強い麺帯形成力にはなりません。生粉打ちがつながりにくいと言われる原点です。

  そば粉がグルテンのような網目構造を構成する物質が無くてもつながる理由は、上述のような水溶性たんぱく質による粘性の他に、水溶性の多糖による粘性があると言われています(1991 大日方洋他)。この両者による粘性がそば粉をつなげる力になります。ただし、両者ともに緩い結合を引き起こすだけですので、その結合力は饂飩のようではありません。
 
  この緩やかな結合は、その食感にも影響していると筆者は考えています。饂飩と生粉打ちそばの切れやすさは、口に含んだ際の食感に直結します。グルテンを含んだ食物は、噛むという作業をすることでその旨味が表出します。饂飩は噛まないと、小麦の美味しさを感じません。讃岐饂飩は良く噛んで小麦の旨味を感じて食します。また、そうめんは噛まずにグルテンが繋いだ小麦をスルーッと喉に通すことで、喉越し感覚を楽しみます。生粉打ちの蕎麦は、歯を用いて良く噛まなくても旨味を感じます。口に放り込むと勝手に麺が切れます。その際にそばの旨味を感じます。生粉打ちでなく、つなぎに小麦を使用した蕎麦麺は勝手に切れないので、讃岐饂飩のように噛んで楽しむか、そうめんのように喉越しだけを楽しむかということになります。ただし、グルテンを含んだ麺ののど越しと、グルテンを含まない生粉打ち蕎麦の喉越しは異なります。生粉打ちが良いのか、二八が良いのかという議論はまた別の機会に任せ、ここではこれ以上触れないことにします。しかし、この議論において、グルテンの存在とその食感への影響は、重要なポイントになります。
 
ミネラルは、小麦粉にはほとんど含まれていません。これは、小麦粉だけでなく米などの穀類にはミネラルはあまり含まれていません。ミネラルが豊富なそば粉は、穀物中の例外です。

 さてさて、でんぷんとたんぱくを理解し、その組成を考慮しながらそばを打つというのは、この事件後1年ほど経過してからだったと思います。
そば粉の成分は分からないけど、この日のそばも無事につながり、その晩から数日は、美味しいそばをいただきました。


(参考文献)
ソバと小麦の成分日本食品標準成分表2015年版(七訂)参照
(文科省ホームページ;http://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/1365297.htm)  

日本食品標準成分表2015年版(七訂) アミノ酸成分表編
(文科省ホームページ;http://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/1365450.htm


1991 大日方洋他 そば粉に含まれる水溶性粘質物の特性について 日本食品工業学会誌 Vol. 38 (1991) No. 5 P 391-397 

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